永遠の故郷 ~石巻の春  其の弐

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石巻市は人口16万人。宮城県では仙台に次ぐ第二の都市です。

5000人以上が亡くなった今回の津波は、穏やかな海沿いの町を大きく変えていました。




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中里地区から叔父が借りてくれた車に乗り込み、北上川沿いを進みます。


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まだ水が残ったままの道も多くあり、標高ゼロ地点の沼地になった土地も。


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山沿いの集落の奥にある墓地。 

車が横転して破壊されているそばで、墓石はまっすぐに残っているものが
不思議なくらいに多かったのです。


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渡波(わたのは)地区の遠縁の伯母の家を探してすすみます。


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美しかった庭は瓦礫の山。


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2階に残ったわずかな品物を外へ運び出した跡があり。この家の伯母は数年前に漁船事故で伯父を亡くし、
今回、ひとりで避難所に身を寄せています。

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粉塵で目があけていられない海沿いの道を大きなトラックが往来します。


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自衛隊や警察の方々による行方不明者捜索が今も続いています。


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ヘドロと魚の腐敗臭が一面に立ち込め、足元には泥まみれの魚がたくさん転がり。


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小さい頃遊んだ長浜の海水浴場へ。


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浜には避難所の案内板が、折れまがってかろうじて立っていました。


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黙って海を眺める叔父は、船越(ふなこし)地区の生まれで長い間、捕鯨船の乗組員でした。

大昔のチリ地震の津波の時も船を沖へ出して免れ、10数年前に引退し余生を楽しんでいました。


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叔父の次女・正美ちゃんは石巻で生まれ、石巻で嫁ぎ、石巻で子育てをしています。

子供たちにも、何も包み隠さず、見せるものをすべて見せて強くあるべしと。


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正美ちゃんの長女・夢が黄色いたんぽぽを摘み始めました。

大津波が通過した後にも、大地の息吹は続いています。


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水産加工工場の周辺地区へ。 タンクも傾いています。


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浜から漁船も陸へ押し上げられて。


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日和大橋を越えて、被害が最大だった南浜町(みなみはまちょう)、門脇(かどのわき)地区へ。


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30年ほど前、叔父家族がみんなで住んでいた門脇は地震の日まで日当たりのよい海沿いの住宅密集地域でした。


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車で避難しようとして津波に飲みこまれた方々が多く。


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地震、津波後の大火災で廃墟になった門脇小学校。

従姉妹が小学校2年生まで通っていた校舎。


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近づいてみても、3月までの声は聞こえてこない。


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門脇の大通りだった道を進み、左右を見てもどこに何があったのかもわからない。


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石巻を支える企業、日本製紙の工場は廃物回収紙や巨大な紙ロールが水を吸って散乱し。


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石巻を一望できる桜の名所、「日和山公園」へ。


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大鳥居のそばでは、「四十九日の法要」が行われていました。

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桜の枝の間から、先ほどまで立ち尽くした「門脇地区」が見降ろせます。


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手書きの石巻憲章を何度も何度も読み返してみる。


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別方向の北上川の中州にある石森章太郎の漫画博物館周辺。


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翌日、東京駅へ向かうバスに乗りこんだ私に、従姉妹・正美ちゃんが送ってくれたメールは


「 石巻の被災地をみほちゃんと見て回れてよかった。

  同じ被災地に居るんだけど、家もこれからも修理があったり、
  
  車の購入を考えたり・・・

  だけど、落ち着いた頃にでもああいう地域にボランティアに行って

  自分の心も清掃したいな~って思った。」


 強く優しいみんなの笑顔が、このメールに表れていて、安心して私はまたここに戻って来れます。






バスが石巻を離れ、塩釜、仙台を経由して東北道を南下するとき、心で歌った「ふるさと」


兎追ひし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今もめぐりて
忘れがたき ふるさと

如何にいます 父母
つつがなしや 友がき
雨に風につけても
思ひいづる ふるさと

こころざしを 果たして
いつの日にか 帰らん
山はあおき ふるさと
水は清き ふるさと







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お疲れ様でした!

ミホさんのブログを読みながら涙が出てきてしまいました。
震災の後に残された街の様子を見ながらの涙と、そこで生きる人達のたくましさと笑顔に感動を覚え、もう哀しいのか嬉しいのか色んな感情がごっちゃまぜになった感じです(T_T)
震災地レポート、ありがとうございました!
ご親戚の方々の今後には明るい未来が開かれていますように。

涙。。。

ピノちゃんこんばんはv-483

もうすでにTVv-55で何度も見た筈の被災地の様子、
ピノちゃん目線で改めて見せて頂いて、また涙ですv-406
17年たった今でも阪神大震災の映像を見ると涙が出るのです、
今回の東日本大震災の映像に慣れる事は無いと思います。
本当は自分の目で見るべきだと言う思いを抱いたまま、ただ涙するしかできなくて、
職場の同僚にはこのゴールデンウィークにボランティアに参加する子が何人もいて、
本当に頭が下がります。

ピノちゃん、貴重な記事、本当にありがとうございますv-435

春は来る。

思い出の地の変わり果てた姿。それを観るのに勇気が要ったでしょうね。お疲れさま。
でも。お母さまはじめ、みんな強く優しくたくましく生きていて、本当によかった...。

何年かかるか判らない。だけど、必ず「春」は訪れるよね。

人の心に傷を残し。でもそれを乗り越える勇気と力、他人の痛みを理解できる強さと優しさを授けられたのかもしれない。あまりにも過酷ではあるけどね...。

ピノミホも、宝物をもらって帰って来たんだろうな。

なんて言っていいか判んない。。
がんばれ。みんな。でも、がんばりすぎンなぁ。
 

先日、藤沢での会に参加しました時に、某スポーツ連盟の理事から ボランティアで被災地に赴いた時に写した写真を見せてもらいました。

身近な友人が体験した事を聴いていますと、何故かテレビや新聞で拝見するのと、また違う思いにかられてしまいます。

ほんとうの現実は、体験を持って語られるモノだと つくづく考えさせられましたよ。

ピノミホさんの経験を 多くの方に伝える事が、また大きな支援の輪に繋がって行くのだと信じています。

お疲れさまでした。
もうひとつの故郷 横浜で疲れを癒して下さいね。

来週帰ります

☆鍵コメ あきこちゃん

先にパリに着地してますね、私もまもなくそちらへ帰りますから待っててね。
石巻で感じたこと、あきこちゃんと向かい合って御報告します。

頑張ってる人に頑張れって言わないほうがいい、とか、ゆるく、とか
世の中そんな風潮もあるけど、今回は違う想いがよぎりました。

横浜では「がんばれ日本」「がんばれ東北」
仙台では「がんばろう 東北」

石巻では「がんばっぺ 石巻」

そして、究極は「絶対負けない石巻」。

たくましい標語があちこちで目に飛び込んできました。

復興めざして

☆ 南 久海 さん

私の病気の時もたくさんご心配おかけしたけど、今回もお気持ちをたくさんいただいてありがとうございました。

久海さんが頑張ってくださった教会でのコンサートの話も親戚みんなに話して聞かせました。

石巻からパリへ、パリから石巻へ、人の気持ちは固く通じています。

もうすぐそちらへ帰ります。また玄関で、ぎゅーっとハグハグお願いします。

これから

☆小鞠ちゃん

3月のあの日から、こうして石巻の現況を見るまでずっと落ち着かない毎日でしたが、自分の目であの場に立って、現実を見据えることができたと思っています。
実際に被災地に住んでいない私が、パリから、横浜から、何ができるかをずっと考えていました。

連休中も石巻にもたくさんのボランティアの方々が行ってくださっていると聞きました。ありがたいです。自分が出来ないことを大勢の善意の方々がしてくださっていること、別の形で私も見えない誰かに何かをし続けたいと強く思いました。



いつもありがとね

☆はるちゃん

コメントのお返事が遅くなってごめんね。

石巻から東京・横浜に戻る車中、いろいろな想いを整理しながら乗っていた。気持ちが落ちると、道路の陥没でバスがドコっと揺れたりして。

でもあらためて思うに、元気で居るべき人が元気をなくすよりも、もっと元気を持ち続けて元気の分配を心がけるべきなのだと。

今日が日本の仕事は最終日です。渾身の思いで働いてきます。
ロスの海は今日も真っ青かな。また遊びに行かせてもらうから待っててね。

横浜中華街

☆いその爺さん

コメントのお返事遅くなってすみません。

石巻から戻って、5月4日に一楽さんにランチに伺ってきました。
歩けないほどの人でたいそう賑わっていて、嬉しくなりました。

5月3日にはオーストラリアの麗人にもお会いしました。

今週パリへ私も戻りますが、また次は夏に横浜に戻りますし、石巻の状況も新たな報告をいたします。

どんな時でも強く乗り越える日本人の精神、粘り強さを今回はパリへ持ち帰ります。



プロフィール

Author:ピノミホ
趣味から始めたワインの勉強、人と語らうことが大好きでおもてなしを積み重ねた経験、それらを集結して「CEPAGE」を実らせて満17年を迎えました。
小さなサロンのテーブルに、今日も美味しいお皿を運んでいます。

ワインの熟成と同じように、ゆっくり、味わい深い時間を過ごせる日々を願って。

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