童女になった母

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夏以来、2カ月ぶりに秋の石巻へ、母に会いに行きました。


その日はいつも入院している病院から、介護タクシーで叔母に付き添われ、大きな石巻赤十字病院、循環器科の検査に行くということで、そこへ合流。




この写真、まるで平面的な不思議な絵のように撮れているような気がします。





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新しい大きなこの病院は出来て2~3年なのでしょうか、朝からロビーは混み合っていました。



検査~説明~支払など、一連の流れで4時間ほどを過ごしてまた入院先の病院へ。



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赤十字病院の横には、「そばのかみ」という小さな山(丘?)があります。

母の実家はもともとこの山の裏側にありました。

私は小さい頃、夏休みになると40日間この田舎に遊びに行っていて、当時見たこの山はとても
とても大きかったのです。





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秋の東北、美味なるものがあふれています。


三陸の牡蠣はこんなに大きくてジューシー。




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さんまだって、脂がのりのりです。





「綿屋」も、「於茂多加」も、他の日本酒も何を飲んでもしみじみ美味しい・・・





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塩釜の小さなお寿司屋さんのおまかせ握りは一貫ずつ、うなってしまいます。




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石巻焼きそば。お昼、ポスターにひかれて注文してみました。




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「目玉2つにしますか?」  一つ目もあるんですね。







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母が、私のこともわからなくなりました。





病院で、車いすにいつものように駆け寄って「おかあさん、来たよ」と声をかけたときに

きょとんとした顔で、私を見上げていました。





悪い冗談だ、と思いました。





今までも、支離滅裂なことを言うときも、同じことを繰り返し言うときも、
時空が逆に流れるようなときも、意識がぼんやりしている時も、いろんな時も。。。。。


私のことは忘れなかったのに。








叔母や親戚が慌てて 「みほだよ。みほでしょう。あやちゃんの大事なみほでしょう」と言っても

母は 「みほ?」と答えるだけ。







ブログを始めたとき、悲しいことよりも苦しいことよりも、楽しいこと、前向きになれることを書こうと決めていたのに、今回は情けない話を書いてしまいました。




今日も私はこうして生きて、元気で、食欲もあって、飲んで、まだ笑えます。




横浜へ戻ってから、たくさんの方に会い、CEPAGEもあり、いいことがたくさんあります。





母がそこにいる限り、これからも通って、顔を見に行きます。




東北の紅葉を来年も、再来年もずっとずっと見られますように。













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一緒に人生がんばろ!

みほちゃん、頑張れ。
私まで涙が止まらないよー。今からガルニエにバレエ観賞なのにー
悲しすぎる。。でもこうやって今を元気にたくましく素敵に生きているのもお母さんのお陰。
いつまでも大事に顔を見に行ってあげて、たった一人のお母さん、みほさんが元気でいることが意味のある事だと思う。お母さんの分まで元気に生きて行こう!!

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No title

悲しまないで...
私も同じ経験をしました。
あの時のショックは今でも忘れない
そのときに看護婦さんに言われた言葉...。
「一番大切な人のことから忘れて行くんですよ」
「それだけお父様はあなたのことを大切になさってたのよ」って言われました。
納得はできなかったけど、その言葉を信じて介護をしてきました。
そしてこの春、まだ行かないでという私の願いもむなしく父はとっても静かで穏やかな最期を迎えました。
私は今でもあの時の看護婦さんの言葉を信じています。

悲しいけどね。
悲しまないで
頑張らないで頑張って!

いつもブログを拝見しています。
今回はどうしてもメッセージ送りたくて
応援したくなって

KAO

泣いていいんだよ 今は

これほど悲しいことは無いよね。
そんなことがあったのに、貴女はあの夜もあの日も、変わらね微笑みを見せてくれていたのですね。
今地下鉄のホームでこのブログを読み、人前では決して泣かない私なのに、涙が止まらない。

それでも微笑んでいた貴女の凛とした心こそが、本物のエレガンスだ、と私は思います。

たくさん微笑み、お腹いっぱい食べ、もう一歩前に行きましょうよ!貴女が、そうできる限り。

私はずっと側にいるからね。

オペラシーズンだねー。

☆k-coさん

ありがとうー、オペラはどうだった?そっちへ帰ったらぜひ連れて行ってね。食欲の秋は少しそっちでは抑えて、芸術の秋にしようと思う。(思うだけ?)

母ね、64歳で発病してもうかれこれ8年だよ。あっという間に、すごくおばあさんになっちゃった。
死にかけても、立ち直って安定してる不死身の内臓を持っているの。

一番身近で世話をしてくれている叔母(母の妹ね)のことも
「おかあさんー」って呼んでいた。すっかり子供がえりね。






介護

☆鍵コメ Mさん

ありがとうございます。
介護はキツイですね、母が悪くなり始めのころ、田舎でアパートを借りて、2~3カ月ごとに一時退院させて、少し私が行って看ていたんですけど、私のほうが不眠症になりそうなくらい衰弱しました。

今は介護度5なので、病院に付随のホームが優先的に受け入れてくれて、容態のいい時は個室、病状が悪い時はナースステーションのそばの特別室に入れて看てもらっているので安心です。

来週は楽しみにしています。もりもり食べますので、どうぞよろしくお願いします。昨日、a氏とMちゃんもCEPAGEにご参加くださいました。

No title

☆kaoさん

ヨワヨワの記事を書いてしまって、ちょっと自分で悔いておりました。コメントしてくださって、本当にありがとうございました。

春にお父様を亡くされたkaoさん、看護婦さんの言葉、私にも教えてくださってありがとうございます。
「大切な人から忘れていく」、そうですよね。

母の人生って、こういう最期をむかえる運命だったのかーって、毎回見舞いに通う電車の中で考えていたのですが、今回はただただ、ショックで現実を飲み込めず、「うそでしょう」って思ってしまいました。

次もまた笑って見舞いに行けるように、頑張ります。
励まし、嬉しかったです、kaoさん、ありがとうございます。








はい。

☆mother-of-pearlさん

母が横浜から居なくなって田舎の病院へ入ってから、母が残した
ままのマンションにたびたび帰ると少しずつ要らないものを片づけてました。
私がパリへ行った16年前そのままの部屋もあって、母の荷物も8年前のままなのです。

今回は、もう母がここへ戻ることは無いのだ、と思ったとたんに一人で部屋にいるのが切なくなりました。

母自身の記憶はなくなっても、私にはまだ記憶を、そして思い出を増やしていく人生がある。そう思ったら泣いていられないですね。

12月はオイスターバーでしょうか。楽しみにしています!

いつも本当にありがとうございます。







こんばんは。

ピノさん、こんばんはー。
涙が出ちゃった・・・。でも、顔を見せるだけや
声をかけるだけ、手を握ってあげるだけでも
お母様は何か感じるものがあると思います。
ピノさんの元気な姿、声を聞かせてあげてくださいね!!

私も今日、おばぁちゃんの顔を見にいったら
えー・・・誰だっけ!?って言われたました(笑)

せつないね・・・

朝から声をあげて泣きました。側にいたら抱きしめてあげたい。
言葉が見つからなくて、一日ずっとピノちゃんのことを想っていました。

「大切な人から忘れてしまう」そういう話は私も何度も聞きました。
一番大切な人との想い出を、一番先に閉じ込めて守りたいのかな・・・。
もしかしたら、長い時間、診察やらで疲れてしまって、ちょっといつもと違っちゃった
それだけだったらいいね。今度行ったら「みほ、しばらく来なかったわね」
そう言ってくれるといいのにね。そう言って欲しいね。

情けなくなんかないよ、ピノちゃん。話すと楽になること、けっこうあるもの。
抱え込みすぎないでね。甘えさせてくれる人には有り難く甘えてね。
美味しい物を食べて、美味しいワインを飲んで、美しい景色を楽しんで
笑顔で歩くピノちゃんが大好きです!

思い出。。。

ピノちゃんこんばんはv-483

今朝ここv-216へお邪魔した時、言葉が見つからなくて、
何か言葉を残したかったのに、無言で帰ってしまいましたv-435
ピノちゃんの心の痛みが直に伝わって来てしまって、ダメだなぁ。。。
ちっとも大人なれてない私はみなさんみたいに適切は言葉が浮かばなかっです。

今も良い言葉が見つかりませんが、
悲しい時は我慢しないで、思いっきり泣いて下さいね、
いつも素敵な笑顔で元気を下さるピノちゃんの涙ですもの、
いつだってしっかり受け止めます。

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おばあちゃん

☆kashちゃん

ありがとねー、これからも通いますよー。
日本へこれだけ私が戻るきっかけも、母の発病からなので、それもまた
いろいろな運命のからみなのだと思ってます。

kashちゃんもおばあちゃん子なのかな?私も小さい時、働く母に代わって祖母が面倒を見てくれて育ったので、おばあちゃんが大好きだったー。
祖母はボケることもなく、90歳で亡くなりました。私がパリへ移り住む1年前に。

この先。

☆さち姉さん

ありがとうございます。夏から、異変は気がついていたのですが、わずか2カ月の間にここまで脳が委縮するとはお医者さまも予想外だったそうです。

次に行ったときに母が私のことを思い出している確率はゼロに近いですが、
母の顔色が良かったり機嫌よく過ごしてさえいれば、それでいいと思います。

秋刀魚は終わっても、次は何のお魚が美味しいかなって考えている食いしん坊な私ですので・・・。

東京でお会いした時のさち姉さんのハグ、あれ、効きました!また苦しくなったら、そっちへ行きますからハグハグお願いします。


泣きやみました

☆小鞠ちゃん

いつもありがとうございます。

しばらく考え込んでは泣けてましたが、石巻から戻って、優しい人々に包まれて泣く時間はどんどん少なくなり、今日も元気に食べてますー。

母は小柄で、小食で私と全然似てない性格でした。
きっと私は72歳になっても、大食いで大酒飲みで、わいわい暮らしていくのかなーって楽観的に思えるようになってきました。

小鞠ちゃんと温泉に行って酔い潰れるまで飲むという計画もありますし♪

優しい気持ち、いただきました

☆鍵コメ Bちゃん

いつも案じてくれて、ありがとう。優しさいっぱいいただいてます。

田舎から戻ってすぐCEPAGEもあったので、気持ちの切り替えが出来たつもりでいました。
やっぱりこうやって、またみんなから助けてもらってるんですね。
友達ってありがたい。

私が何を頑張ればいいのかな、残酷だなーってあたりどころのない悲しさを持った日から時間が経って、未来に不安はあってもしっかりするよという気持ちです。

誰もが不安あり、誰もが苦しみありだよね。

今日も昼夜、あちこちで食べてきます。(こればっかり!)
あと1週間ちょっとの滞在でどこまで太るんでしょう、私・・・!


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多くの言葉は持っていないのですが・・・

>今回は情けない話を書いてしまいました。

決して情けなくないですよ、ピノちゃん。
まるきり同じケースではありませんが、大切な人が変わってしまう、
そのなんともやりきれない思いは経験しておりますので
口幅ったいようですが、ピノちゃんの気持ち、少しはわかる気でいております。

ピノちゃんご自身がとても前向きにしてらっしゃる姿に
私が安心させて貰ってどうするんだ、ですが、とにかく安心しております!

ごめんなさいね、うまく書けなくって・・・。

No title

みほさんへ
いろいろなことがありますね。

私が中学のころ、まだ、祖母が父のことを分からなくなった時、
病院に長居をしたがらなかった父が、
その時だけ何時間も祖母のベッドのそばから離れなかったのを憶えています。
きっとあの時の父も、みほさんのような気分だったのでしょう。
お母様もどこかで、みほさんと一緒に泣いていらっしゃったのだと思います。

悲しいことも、楽しいことも、生きていればこそです。
生きていて、涙を流せることにも感謝!です。
また、笑顔で、かっこいいみほさんにお会いできるのを楽しみにしています。
私は日々アクセサリー作りに励んでおります・・・・。

告白のお返し

☆鍵コメ R子ちゃん

ありがとね、私もあなたが大好きだよ。

パリで一緒に過ごしてる時間は、可愛い妹が出来た気持ちなの。

興味の幅が広くて、きらきら頑張っている元気なR子ちゃんの話を聞いていると
わたしも走らなくちゃって思えるんだよ。

11月も冷え込んだパリの夜を飛ぶ計画、すぐに立てようね、チェブ忘れずにだよ♪


ありがとうございます。

☆かづちゃん

いつも励ましていただいてありがとうございます。
どよーんとへこんだ時間もありましたが、うわーっと泣いたら、泣いてる場合ではないのだ、とまた元気になって、気がついたらおなかすいてました。

家に戻って、タンスや引き出しをあけて、母が元気だった当時の何かを見つけるとまたウウウウウって泣きたくなるので、今回は家は放置して帰ります。

ブログの記事にしてしまって、皆さんからメールやコメントで応援していただき、自分よりももっともっと苦しい時間を過ごした方が大勢おられることをあらためて知りました。

まだまだ大丈夫だ、と思ってます。安心してね、かづちゃん。








宝物

☆MIHOKOさん

この前いただいた黒いスタイリッシュなペンダント、今回持って帰ってきました。とっても気にいってますー!

ずっと昔、まだMIHOKOさんがパリに住んでいたときかしら、やっぱり私の母のことを励ましてくださったときに、MIHOKOさんがご両親をもう亡くしている話をメールで書いてくださいましたよね。

今回もいろんなことを考えながら、今、自分の苦悩だけでドツボで泣いてる私よりも、実はみんな、たくさんのことを越えてきてるんだ・・・ってわかりました。

MIHOKOさんが強くて明るいのも、涙をたくさん流したからなのでしょう。

おじょうちゃまの受験、頑張ってくださいね。また日本のCEPAGEで豪快に飲んでください。パリでも待ってますねー。



切ない。。。

涙が出てしまいました。

何度も、この記事を呼んで、何度もコメントしようと思ったけど
なかなか、書けなくて・・・・。

辛いけど、受け止めるしかない。。

お母様の記憶が薄れてしまうのは、本当につらいと思うけど、
ピノさんの元気な姿でこれからも
お母様との新しい思い出を少しでも増やせると良いですね。

きっと、伝わりますよ。

ごめんね

☆こぶたちゃん

弱音をはかせてもらって、温かいコメントをたくさんいただいて、秋晴れの日本で自分を再構築できました。

こぶたちゃんはご両親を亡くされて、おにいさまが優しくこぶたちゃんを守っておられるんだよね、いつかそのお話を伺った時のことも覚えています・・・

記憶がハッキリしている時に体が思うように動かなくなった母は、当時悲しい顔をしていたけど、今はけろっとすべてを忘れて無邪気にほほ笑んでいたの。

12月のノエルのCEPAGE@日本も頑張ります。来月のブルゴーニュのワイン祭りで美味しいものを入手してくる決意!







そんなときも…

いつも楽しくて素敵なブログを楽しみにしてます!
いつも、私が元気をもらっています☆
でも、今は、私の中の元気を少しでも届けたいです…
頑張って…。
人生、長いです。
いろいろなことがありますね…。
でも、笑って立ち上がることが、どんなときも一番大事だと思います。
たくさんの人が応援してくれてますね。
すごく素敵だと思います!
ほんと、頑張ってね☆

届きました!

☆printempsさま

いつもありがとうー、元気、いっぱいそちらから届きましたよ。

ご両親さまはその後いかがですか?
名古屋~東京往復で、printempsちゃんも疲れをためていませんか?

次はいつ会えるかな?パリで夜飛び回る準備して待ってるし、
日本でももちろん。
ほんわり、優しい風のようにまた笑ってね、お願いします。





No title

帰国されるたびにお母様の具合をたずねるのもどうかと。。。お母様の人生から色々学ばれてこうして、今を精いっぱい明るく生きているみほちゃんを陰ながら応援しておりました。
みほちゃんが訪ねると食物を口にしてくれると言っていたお母様、日に日に弱っていかれる姿をなすすべなく見守らなければならない娘の気持ちはいかばかりかと、、、本当に本当につらいことと思います。
私の母が祖母の介護をしながら、ぼけていく祖母を叱咤激励していた姿を思い返すと、「母」にはいつでも自分よりしっかりした存在でいて欲しい、人生の指針でいて欲しいと願う娘の悲しい姿であったのかと思います。
徐々に旅立つ準備を進めながら、「母」が「娘」に戻っていく・・・それが「母」にとって幸せなことだったと、いつになったら認められるようになるのかな・・・つらい現実と向き合って、それでも人生は流れていく・・・涙は枯れることを知りません。いっぱいいっぱい泣いて、それが何かを変えてくれるならと願わずにはいられません。

想うことがいっぱい...で。書けないかも

頑張りすぎるな!
自分の心に正直に、素直になっていい時ってあると想う。

でもね。元気いっぱい食べて飲んで、人の暖かさに触れて。
そうやって、ピノミホは生きて行くのよね。

胸がいっぱい...うまいこと何も書けない。ごめん。

忘れたんじゃないと想う。大事にしまいこんだ、のだろうなぁ。
「大切な人のことから忘れていく」というKAOさんのコメント
私も信じる。

あぁ。今そこに居たらな!!
心だけでも。ぎゅ~っと抱きしめるよ。
 

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だんだんと落ち着きました

☆K子さん

ありがとうございます。応援、心強くいただきました。
今回の帰国、ワイナリー見学に行ったり、CEPAGEをまた実施させていただいたり、いつも以上に充実していたと思います。

その中で、母のことは・・・衝撃から数日間は考え込む時間も多かったのですが、時間が経って人とたくさん毎日会うことで、悲しみを現実として受け止めて、自分の力だけではどうしようもない事実を事実として受け入れていくようになりました。

今できることは、私が落ち込まないことですよね。



うんうん。

☆はるちゃん

頑張りすぎてないよ、大丈夫だよ、あ、その前に「ありがとう」だね♪ はるちゃんが太平洋の向こうから応援してくれてる気持ちも日本でもパリでも感じてるから、まだまだ乗り越えるよ。

はるちゃん、12月はもうすぐだね。

いろんなことがあるよね。今が一番苦しい、ぐらぐらだ~って思うときも、そこを超えるとまた足が一歩出る。

弱音を書いて、情けないなぁ自分、と思ったんだけど、やっぱりこのブログに今回のこと、書いて良かった。

泣かせてもらって・・・良かったーって、気持ちを落ち着かせてまた笑ってフランスへ帰れるよ。

いつもありがとね、はるちゃんも頑張ってよ。


私も同じ気持ち。

☆鍵コメ y子ちゃん

ありがとう。私もね、y子ちゃんが大好きです。

母がこんな風になってから、一人の時間には今までの母との思い出を振り返っていたの。

母と私は性格が真逆でね。気も合わないことが多くて、お互いにイライラしてた時期もあった。

でも、母がまともなときに、もっと母に「好きだ」と言ってやったらよかったって今になって思っています。今からでも遅くないよね、またすぐに母のところに行って、手を握ってきます。

同性でも異性でも、「大好き」ってもっと言って、もっと深く親しくつきあっていきたい。

y子ちゃん、また話を聞いてね。よろしくお願いします。

パリは寒いでしょう。あさって帰ります。




プロフィール

Author:ピノミホ
趣味から始めたワインの勉強、人と語らうことが大好きでおもてなしを積み重ねた経験、それらを集結して「CEPAGE」を実らせて満17年を迎えました。
小さなサロンのテーブルに、今日も美味しいお皿を運んでいます。

ワインの熟成と同じように、ゆっくり、味わい深い時間を過ごせる日々を願って。

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