魅せたい桜 ~静岡・山梨の旅

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年々、桜が好きになる。

桜の季節に、日本に居られることの幸せをかみしめる。


フランスへの帰国前々日、日帰りで静岡、山梨の桜の名所を訪ねました。
三島大社の青空と桜から。


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早朝6時過ぎに横浜を出発。 
朝の空気がピーンを澄んでいるうちに、県境を越える。

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久しぶりのおみくじ。 気になる健康運は「マイペースを崩さねば、心配ない」。

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三島大社名物・福太郎餅、朝ごはん代わり。 控えめな甘さが心地よい。

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柿田川湧水群は、碧い宝石。

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バイパス湧きの長い桜道から、山道を経て、身延山へ。

さくさくのかき揚げとお蕎麦でお昼ごはん。

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お寺に続く道をお散歩。

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日蓮宗総本山久遠寺。 

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大小のわらじがぶらさがる門をくぐり、

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287段の、とても急な石段の前で立ちすくむ。

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よろよろになりながら、なんとか登頂成功。

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樹齢400年のしだれ桜。

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江戸の昔から現代まで、多くの人の目と心を楽しませ続ける枝。

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下界に戻って、甘味処で大好きなところてんでおやつ。

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次は新緑、真夏も、そして紅葉も、身延山は四季折々の表情を持つのだろう。

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朝霧高原・名物牛乳ソフトクリームで富士を目の前におやつ第2弾。

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初めて行ってみた田貫湖。 国民休暇村が人気らしい。

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富士宮へまわって、名物富士宮やきそばでおやつ第3弾。

ルイビトン? 素晴らしいネーミングだが、実際はルイビぶたらしい土地の豚肉入り。

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夕暮れ17時近く、富士宮浅間大社をお参り。

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富士と桜と。 パワースポットをたくさん巡って、パワーを蓄えた1日。

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来年も、この季節に戻ろう。



4月2日に横浜からパリへ帰りました。

気温はまだまだ低いけど、陽はすっかり長くなった夏時間のヨーロッパ。



日本の春から感じたことを、これからの仕事に生かしていきます。

「幸」を増やし、変化を恐れずに。





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シンシン

ピノミホ様、日本は本当に緑と水の国ですね。桜の美しい花びらとその淡い色。とてもお写真から満喫いたしました。スウエーデンはまだまだ桜の蕾は固く閉ざされ、街の風景も冬の色濃い。
少し私的な事になりますがちょっと悲しい報告があります。
昨晩、うちの愛息子(猫)のシンシンが天国に旅立ちました。ここ数週間、少しづつ体調のすぐれない様子は見受けられたものの、ここまで一気に進んでしまうとは思わず、一昨日辺りまでは少しまだ楽観的な気分もありました。
でもどんどんと食欲がなくなって最後は何も口つけることがなくなり、それでも毛づくろいは綺麗にして目でこちらに合図を送ってきたりしたりするので、いつ病院に連れて行くべきかタイミングに悩む事もありました。
昨日は昼間までは居間に来てこちらを見たり、いる場所を変えたりしていたのですが午後になって静かな部屋の今までいたことのないような場所に身を隠すようになって、本棚の下のいるのを見つけた時、「あ、来るべき時が近づいているのかも。」と思い緊急病院に夜飛び込みました。シンシンは自分から体を持ち上げてキャリアの中へ入って行きました。車の中で容体が急激に悪化したようでキャリアから出す時はもう呼吸も速くなって自分の体重も支えきれないほどになっていて、その予想外の姿に覚悟する時が来たのかも、と思いました。
シンシンを残し、病院を後にして夜の道を20分ほど歩いたところで病院から電話がかかり、もうダメだから眠らせてあげましょう、という内容。私は夜の真っ暗な中、半狂乱の様に泣いてしまいました。自分の一部がもぎ取られるような苦しみと痛みの中、シンシンのことを思い「お願いします」と返事をする相方。私達は急いで今さっき来た道を戻りました。その時、空からは雪が降って来ました。私はこの季節外れの雪をシンシンの心が私達を心配して空から降ってきたのだ、と信じています。
病院について再会したシンシンはもう既に冷たくなってきていてついさっきまでの体の温かみも、そして生きている証の呼吸もない不思議な物体になっていたのですが、私にとっては愛しのシンシン。年甲斐もなく大声をあげて泣いてシンシンを優しく抱きしめました。そして私の顔を何度も何度もシンシンの冷たくなって頭に、体に、尻尾に押し付けてシンシンの生き様をねぎらいました。
最後まで思いやりに満ちて、優しく、上品でお行儀の良い素晴らしい猫でした。私にとっては人間の大切な友人の様なソウルメイトでした。相方も号泣していました。
昨夜は目を閉じるとシンシンのその日の様子がフラッシュバックの様に戻ってきて、そして浅い眠りから目がさめるとその都度、シンシンがもうこの世にいないことが痛いほど感じられて眠ることができませんでした。
今朝も相方と二人で抱き合って号泣してしまいました。スウエーデンの空は真っ青で、この空のどこかにシンシンの心がまだ残されているはず、と思いながら空を見上げています。
こんなに悲しい事は生まれて初めてかもしれません。私の分身、私の歴史の一部だったシンシンがいなくなってしまって、このスウエーデンの地で本当の孤独を感じました。奇しくも私はブログで「時間が全てを癒すはず。」と書いているのですが、今はそれを信じて生きています。

虹の橋の向こうで

☆あつあつさま

あつあつさんが書かれたシンシンちゃんの前編後編の記事に、コメントできなかったのは、先代トラを亡くした時のこと・・・トラがもう弱って、自力で目を開けたり閉じたりができなくなり、目薬をさして目を湿らせていたことを思い出してしまって、コメント書いては消し、また書いて、結局投稿できず。今日のコメントも、涙でよく読めません。 
あつあつさんがどれほどまでにシンシンちゃんを愛していたか、分身とおっしゃるほどに愛情を注いでいたか、夜空で泣いてしまう、北欧の空がまだ冬であることなど、私自身もたまらない気持ちです。

パリの隣にウプサラがあったら、すぐに走っていって、あつあつさんを抱きしめたいです。そして一緒に泣きたい。

トラが亡くなり、ハナトラを迎え、また猫暮らしが始まって4か月近くがたつ今でも、明け方、先代トラの骨壺を抱きしめて泣いてます。

トラを亡くした時、親を亡くしたことや自分が癌になった時のことや、離婚した時のことや、息子のことでつらかった時期など、全部を超えても、このトラを亡くすという現実は決して癒えることのない悲しみなのだ、と感じました。
それでも、人生は続きます。これからも自分はこの世に生きて、自分のするべきことをし続けて、いつか天に召された時には、トラに再会して、またふっくら茶色に毛をなでるんだ、だからしっかりしなくちゃって何か食べれるようになるまで1週間近くかかりました。

空の上で、シンシンちゃんとトラが友達になっていますように。
私はあつあつさんとまだ会ってないけど、パリからあつあつさんが少しでも元気を出せるように、頑張ってとウプサラに祈ります。
孤独を感じたら、いつでも連絡をください。鍵コメでメルアドをいただければ、すぐにお返事を書きます。


プロフィール

Author:ピノミホ
趣味から始めたワインの勉強、人と語らうことが大好きでおもてなしを積み重ねた経験、それらを集結して「CEPAGE」を実らせて満16年を迎えました。
小さなサロンのテーブルに、今日も美味しいお皿を運んでいます。

ワインの熟成と同じように、ゆっくり、味わい深い時間を過ごせる日々を願って。

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